NEDO採択に至るCASTの軌跡―技術を育てる山一ハガネの企業文化
――NEDO採択、CAST事業スタート秘話、今後のCASTについて語っていただきました!
技術開発本部
技術開発Gr CAST事業Sec. マネージャー
田島秀春
技術開発本部
技術開発Gr CAST事業Sec. 主査
髙川資起
NEDO採択の快挙!…そもそもNEDOって??
――国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「NEDO」とは?
田島:日本の産業育成を視野に入れ、国の予算で新エネルギー技術研究開発の支援を行う組織が「NEDO」です。NEDOには分野別にプロジェクトがあり、私たちは「脱炭素社会実現に向けた省エネルギー技術の研究開発・社会実装促進プログラム」に応募しました。
私たちが2019年に取得した中小企業向けの研究開発支援制度、サポイン事業(現:Go-Tech事業)に対して、NEDOは大企業向けの制度で補助金の額をみてもとても大きな規模のプロジェクトです。通常であれば中小企業はNEDOで採択されることはほぼありません。しかし、サポイン事業で私たちの研究開発が評価されたことで、今回の採択につながりました。
無電解湿式表面処理法=無電解CAST
――なぜ、無電解CASTで応募したのか?
田島:NEDOで応募した研究開発の内容は、“無電解CAST”です。サポイン事業で開発した“電解CAST”を更に進化させ、「電解CASTを無電解で再現する」というのが基本コンセプトです。
エアコンには熱交換器という主要装置があります。当然ですが、組み立て前の一つ一つの部品であれば電解CASTはやりやすいです。ですが、今の日本のメーカーは熱交換器を海外から仕入れているので、組み立てられた熱交換器にCAST被膜を形成しなければなりません。
髙川:電解CASTは複雑形状にあまり向いていないんです。
田島: なぜかというと、例えば雷は先端の尖った部分に落ちやすいですよね。それは先端部分に電位が高くなる要素があるからです。熱交換器も尖がっているところがあり、電気を使うとどうしても先端部分にばかり電気が集中してしまい、他の部分に均一に分散されない“電位差”という問題が出てきます。ですから、電解CASTはすでに組み立てられている複雑な形状の製品にはとてもやりにくいのです。
そこで、均一にCAST被膜を形成するために考えたのが電気を使わないCASTでした。電気を使う必要がないので電位差が発生しない。日本のメーカーにCASTを採用してもらい、国内に広めるためには無電解CASTを開発しなければならない。それが私たちの使命でした。
髙川:そういう意味で複雑形状には無電解CASTの方が圧倒的に有利ですし、熱変換器以外にも幅広く活用していけます。
田島:例えば、EVを走らせるとモーターの発熱問題は避け難いですよね。温度が上昇するとモーターの出力が落ちてしまうので、放熱させないといけません。温度を下げるために冷却システムを積むとなると、また別で電気を消耗することになり、だんだん自動車としての役割が果たせなくなってくる。そういったところにCASTをうまく使って放熱ができれば、省エネ化が実現でき、EVの航続距離を伸ばすことができます。
1度下げるか、CASTを使うか
――1度の変化が地球を救う!?
田島:この実験動画を見てください。 CASTを使うと、エアコンの冷房で1度の差が出ます。
「エアコンの設定温度を1度変えましょう」とよく言われますが、結局それなんです!“1度下げるか、CASTを使うか”。CASTを使うだけで1度下げた時と同じ効果になるんです。
髙川:この1度の差を全世界で考えた場合に莫大な消費電力になるわけです。そう考えると、日本だけでも年間21万kℓ原油が削減できるという計算になります。これはとても夢がありますよね。
大きな反響!NEDOに採択されてからの変化
――国に認められた!?多くの企業から興味、関心を受けるCAST技術
髙川:NEDOはしっかりとした研究開発計画が明確で、なおかつ、ある程度の実現性が有識者の方々に認められなければ採択されません。何故かと言うと、NEDOのプログラム自体が最終的に事業化を目指すための支援制度だからです。
NEDOは開発部門をもつ大手企業であれば知らないところはない、日本の中で一番大きな支援プロジェクトです。採択されたことは間違いなく大きな実績です。箔が付いたというか、NEDOに採択される技術であることを国が認めたということになりますからね。これはかなりの信頼度につながります。
田島:実際、NEDO採択によって大手企業から引き合いの話や問い合わせをいただくことが増えました。とても嬉しいことですし、この大きな反響が、CASTが驚くべき技術である証明になるのではないでしょうか。
CASTの信頼度が高まったことはもちろんですが、事業化に向けての研究開発には膨大な資金が必要となります。そういった面でもNEDO採択は、CAST事業の実用化を飛躍的に推し進めることにつながったのは間違いありません。
教科書に書かれていないから信じてもらえない
――業界の“常識”を覆したCAST
田島: CAST技術は、今でこそ大学の先生方に“熱伝達率が上がる”と認めてもらえているのですが、これまでの大学の常識・教科書にはこのような現象は起こりえないとされていました。有識者の方々にも最初は信じてもらえず、「絶対にありえない」というところからスタートしていますからね。地道な研究を重ね、証拠を積み上げてきたからこそ今があります。
髙川:大手企業主催のある展示会に出展したときにとても大きな反響があり、その企業の方から手紙をいただきました。手紙には「教科書に“できない”と書かれていても、失敗を恐れずチャレンジする山一ハガネさんの企業文化がCASTを誕生させた。その文化に非常に共感が持てます。」と書かれていました。
田島:大手企業になると、信じてもらえないことや尖ったことに挑戦することがなかなか難しくなります。ライバルがたくさんいて常に競い合い、失敗ができないですからね。そうすると、成功確率のいい研究しかできなくなってしまう。ですから、ありえないと言われていた前代未聞の研究開発に挑戦した山一ハガネの企業文化、「Let's Begin!」の精神に大きな刺激を受けたようです。
田島の熱意が山一ハガネを動かした
――失敗を恐れない山一ハガネの企業文化
田島:私が山一ハガネに入社する前、CASTを事業化していくか検討する段階で寺西社長や小栗取締役にプレゼンをさせてもらう機会がありました。CASTに賭ける思いを必死で伝えたことを覚えています。髙川がお膳立てをしてくれたとはいえ、初めて会社を訪れる人間が研究開発の提案をして、まず良い返事が返ってくる会社はゼロだと思います。ですが、最終的に「やりましょう!」という言葉を言ってくれた。この会社はすごいと思いましたね。
髙川:田島の情熱と熱意が伝わった。もちろん、最初はハガネの会社が表面処理をやれるのかという議論はありました。そもそも「カーボンナノチューブっていったい何?」というところから始まり、確かに全くわからない分野だったと思います。だからこそ、寺西社長はすごい決断を下してくれたと思っています。
田島:実は後で、取締役から「当時はこの技術の良さが全くわからなかったんだ。」と言われました (笑)。でも、それに続けて、「この人は本当にこれをやりたいんだということはわかった。だから、やってみようと思った。」と語ってくれたんです。やりたいという熱意と事業化に向けた強い思いを信じてもらえた。それが嬉しかったですね。CAST技術が確立してきた今でこそ話せますが、正直、その時は事業化できるのかどうかの保証もなかったわけですから。
髙川:当社では、全く違う分野の事業をスタートさせる実績もあったので、研究開発も社内に取り込めるのではないかという確信もありました。柔軟な土壌があり、提案できる環境だったところも大きかったですね。
田島:世の中は安全な方にいく中で、山一ハガネのような会社は日本には他にないと思っています。本当にすごい会社です。
髙川:情熱で心が動かされることは大手企業ではなかなか難しいと思います。大企業ならではの問題、挑戦する難しさを考えると、山一ハガネの失敗を恐れず新しいことにチャレンジする文化はある意味、中小企業だからこそできることなのかもしれません。
“盟友”髙川との絆
――人と人の思いが大きな成果を生み出す
田島:髙川自体がクリエイティブだったからこそ「新しい事業を取り込もう」という考えがあったのだと思います。出会ってからの髙川のスピードとパワーはすごかったですからね。すぐに社長や取締役に「これがやりたいです!」と直訴するなんて、なかなかできることではないです。
髙川:クリエイティブというよりも新しい物好きなんです(笑)。会社として事業化できるもので、他社が真似できないものはないかと常に考えていました。その中で田島とCAST技術に出会った。発想がとても面白かったですし、田島の人柄にも惹かれたんです。田島が山一ハガネにいつ来てもいいように、大学の研究室も含めて全て準備万端にして会社に相談しにいきました。
田島:入社の決め手は、それはもう髙川の熱意です。私が情熱を持ってプレゼンしたように、髙川の情熱も私に伝わりました。やはり人と人ですから、そこはとても大事です。不安はありましたが、山一ハガネまでの道筋を全て整えてくれた。髙川が果たしてくれた役割はとても大きいものでした。
髙川:キッカケは作りましたが、あとは田島のCASTに賭ける思いがしっかり伝わった。他にも協力してくれた仲間がたくさんいて、サポイン事業採択も本当は申請に1年かかる所を1ヵ月で完了させました。かなり無理をしましたが、それに至るだけの技術があったからこそできたことだと思っています。
振り返ると、田島を迎えてCAST事業がスタートした当時は、猫の額位の小さな、1人分のデスクスペースを間借りして実験を行っていました。そこから、研究室の1室を借りるぐらいの規模になり、今では2階建ての開発室に入居させていただいています。その間に仲間も増え、現在11名の仲間と共にCAST事業化に向けて開発を進めています。できるだけ早く量産技術の成果を出し、事業化というひとつの目標に向かって力を合わせて取り組んでいきたいですね。
次世代へ田島の思いをつなぐ
――CASTの未来、技術者としての願い、次世代への思い
田島: CASTは、世界で通用する技術だと思っています。世界を目指す省エネ新技術として考えましたので、国際的に大手の企業にも使っていただきたいです。もちろん、日本のメーカーが白物家電でハイエンドモデルを狙うのであれば、CASTを武器にしてナンバーワンを取り、「CASTがあったからこそ達成できた」というところを目指していきたいです。
今後の未来としては、ハガネ屋が表面処理を始めたように、CAST事業部も表面処理だけにこだわる必要もないと思っています。研究開発部門があるのですから、これを活かさない手はありません。私が社長に対してプレゼンしたように、次世代の仲間たちにも自由な発想で取り組むべきものに情熱を持って提案してくれることを願っています。そういう人材を育てたいです。もちろん現実的なものでなければいけませんが、次々と新しい価値を生み出していきたいですね。
髙川:山一ハガネのいいところは提案できるところです。私も転職してきた身なので分かるのですが、何でも提案できる可能性があるという意味で、かなり自由度がある会社です。世の中に貢献できるようなものであれば、縛りはありません。だからこそCASTも実現できた。そんな環境にいるからこそ、ぜひチャレンジしてほしいですね。
田島:可能性は無限大です。研究開発は元々無限大にあるべきものだと思っています。今の世の中の研究開発は、失敗を恐れて成功(出世)のためだけのものになってしまっています。そうであってはいけない。
第二、第三のCASTを常に考えながら、現在のCASTの実用化を目指す。開発者は常に先を考えながら今を全力で走らないといけませんからね。次世代に期待しています!